無からの創世

宇宙ができる前、そこには何があったのでしょう?

そこに宇宙ができていないのですから、空間も、時間もない、物質も、力もない…。そのような状態を “真空”と呼びます。初期の宇宙は、そのような状態であっただろうと。“真空”とは、即ち “無”のことです。量子論によると、無といえども、これは何もない状態のことではないようです。そこには、とてつもなく大きなエネルギーが、寄せては返す波のように現れては消える、という状態を繰り返している。つまり、結果的には相殺されていゼロであるが、ある瞬間においては、例えば無限大のエネルギーが存在しうる、ということであるのです。これは “真空のゆらぎ”、或いは、量子論(量子力学)の考え方なので“量子的ゆらぎ”と呼ばれています。

力学の世界では、事象の前後でエネルギーは保存される、という考え方が常識です。例えば、高い位置から落ちるボールのエネルギーについて考えるなら、ボールのポテンシャル(位置エネルギー)は、その高さが低くなるにつれて小さくなりますが、逆に速度は増すので運動エネルギーは増加します。つまり、この過程のどの瞬間をとってみても、必ず、ポテンシャルと運動エネルギーの和は一定となるのです。しかし、量子力学では、“不確定性原理”という考え方により、極めて短時間において、この法則が必ずしも成立しないことを認めています。

不確定性原理とは、一般に物質の位置と運動量(速度)が同時に決まらないことをいいますが、エネルギーと時間の関係においても同様のことが成り立ります(両者の積がプランク定数6.626×10-34以上となる)。粒子が発生するプロセスでは、必ずその反粒子(符号が逆の粒子)も伴っています。これはエネルギー保存則によるもので、例えば、陽子が発生すれば、反陽子も発生し、それらは反応して消滅します。全体としてのエネルギーは元のままということです。ただ、この発生から消滅までの時間は、不確定性原理から2×10-20秒と求められます。つまり、この間に外からエネルギーを得て、仮想粒子だったものが実在粒子へ変化することがあるというのです。

粒子と反粒子が生成消滅を繰り返すように、宇宙(時空)も生成消滅を繰り返している状態、これが、量子力学が描く“真空”ということになります。時空がエネルギーを得て実在する要因として、その一つに重力効果が考えられています。重力効果とは、ある物質がそこに存在することで、その質量によってそこに時空の歪みが生じる、というものですが、もともとこれはマクロな対象に適用される効果です。これを極微世界に対応させたものを“量子重力効果”といいます。この効果によって、サイズは極めて小さいのだけど、エネルギーは極めて高い時空が、ごく短時間存在できるのです。この歪みが周囲に歪みを生み、それが雪崩式に拡がっていくことで現在の宇宙のタネが生まれ出た、というわけです。本来実在しないものが、この瞬間、突然そこへ現れる…。このような現象を“トンネル効果”といいます。

一見、そこに何もないように見える“無”。実は、そこはとてつもなく大きなエネルギーを持った極微の宇宙が生成消滅を繰り返していたのです。その“無”から、量子論的効果によって現在の宇宙の初期状態となる時空が発生した。これが、現代物理学の描く宇宙誕生の瞬間です。ちなみに、真空から飛び出したばかりの宇宙の大きさは、10-34センチだったといいます。