インフレーション

ビッグバン宇宙論には、大きな問題がいくつか残されています。その一つに、宇宙原理※1がなぜ成り立つのか、ということがあります。つまり、宇宙の等方性、そして一様性はなぜ成立しているのか、ということです。初期宇宙の名残といわれている宇宙背景放射。この温度は、どの方向から来ている放射を観測しても、ほぼ一様であることが分かっています。これは、宇宙のどの方向においても、その密度はほぼ一様である、ということの証拠となっています。

ところで、宇宙の初期において、光の速さでもお互いに影響し合うことができない領域があったことが、理論的に分かっています。例えば、宇宙が始まって1秒後は、光速c(3×108 [m/s])メートルより離れた位置にある者同士は、お互いに連絡が付かない状態にあるといえます。そうなると、その領域同士でお互いの密度が同じである必要はありません。むしろ、別の形態をとる可能性の方が高いはずです。例えば、見ず知らずの二人が出会って、そこで全く同じ昔話をし始める、という可能性は極めて低いでしょう。しかし、実際の観測では、どの方向の放射を見ても、みんなが口を揃えて同じ昔話をしているのです。

これを解決する理論の一つに“インフレーション理論”があります。初期宇宙に互いに影響することのできない領域がいくつかあった、として考えると、それらは互いに無関係に考えるのが自然ですが、宇宙はもともと互いに影響し合うことのできる範囲しかなかった、と考えると、現在観測されている背景放射が一様であることも納得がいきます。つまり、極めて狭い(小さな)領域であったものが、猛ダッシュで急激に膨張したのだ、と考えるのですね。この膨張は急激な加速膨張であり、このことを“インフレーション”と呼びます。宇宙は、ある大きさ(数十センチといわれている)までインフレーション(膨張)をした後、現在観測されている宇宙の膨張速度まで急激に減速して、あとは緩やかに膨張を続けている、と解釈すれば、宇宙の一様性、等方性とも説明が付くのです。

 

※1 宇宙原理: “宇宙の一様性”と“宇宙の等方性”。宇宙の一様性とは、宇宙には特別な点は存在しない、というもので、宇宙の等方性とは、あらゆる方向の現象に違いはない、というもの。つまり、宇宙のどの地点に立ってどの方向を見たとしても、その景色は常に同様である、という原理。