膨張する宇宙の発見

今でこそ常識のようになっていますが、宇宙が膨張している、という考え方は、最初からあったわけではありませんでした。ビッグバン宇宙論のずっと以前、人はやはり宇宙について多大な関心を寄せていました。それが、いわゆる自然科学の領域で本格的に扱われるようになったのは、1920年に、エドウィン・ハッブルが宇宙の膨張について考え始めたところに始まっていると思います。

かつて、人は、私たちのいる星の集まりが宇宙の全てである、と考えていました。夜空を見上げると、点在する星と一緒に光の雲のようなもの(星雲)も見えます。当時、1750年頃のドイツの哲学者カントは、この星雲のことを“島宇宙”と呼びました。そして、私たちの地球が属するこの天の川銀河も、そうした島宇宙の一つであろう、と考えたのです。この頃は、この星雲も私たちの住んでいる大きな星の集団の中に存在するもので、それが宇宙全体だと考えられていました。

1900年代に入って、私たちの天の川銀河は、望遠鏡などを使用して科学的に分析されるようになってきました。1923年、米カリフォルニア州にある、当時世界最大の望遠鏡を有するウィルソン山天文台で、天文学者ハッブルは、アンドロメダ銀河を観測して、その距離が90万光年もあるという結論を得ます。これは私たちの銀河の中にはあり得ないということで、星雲の多くは私たちの銀河の外にあるものである、という事実を知ることができたのです。このことは、世界に大きな波紋を呼びました。天動説から地動説への転換以来、私たちの住む星ばかりか銀河までも、宇宙に特別な存在ではなく、宇宙空間にざらに存在するものだということを思い知らされたからです。

宇宙が膨張していることは、遠くの銀河が“赤方偏移”を示していることで分かったことですが、赤方偏移があることそのものは、実はハッブルの発見以前に、既に知られていたようです。赤方偏移とは光の波長が長く伸びる(波長が長くなると可視光は赤い方へ変移する)ことです。もっと正確に書くと、光を分光器(波長ごとの光に分解するもの)にかけると、明るい線(輝線)や暗い線(暗線)からなるスペクトルが観察できます。この輝線や暗線の現れる波長は、本来の光と比較して長い波長の方か、もしくは短い波長の方へずれる(シフトする、という)ことがあります。これが長い方へずれれば“赤方偏移”、短い方へずれれば“青方変移”となります。

これが起こる要因は様々考えられます。最も一般的なのは“光のドップラー効果”によるものです。ドップラー効果とは、1842年にオーストリアのドップラーが、移動する音(音源)の波長について発見したもので、音源が接近してくるときの音は本来の音より高くなって聞こえ、音源が遠ざかるときの音は低くなって聞こえる、という法則です。音が高くなる、ということは波長が短くなることになり、逆に低くなる、ということは波長が長くなることになるわけです。このことを光について考えたのが“光のドップラー効果”です。

アメリカの天文学者スライファーは、1912年から約3年間、ローウェル天文台で41個の銀河を観測し、その殆どの銀河からの光が赤方偏移していることを発見しています。この後1929年、ハッブルは、それまでに観測済みの銀河のデータ46件と、新たに自ら観測した銀河のデータ18件について調査を行いました。この結果、その赤方偏移から導かれる距離と、その銀河の後退速度との間に、ある一定の相関関係が成立することが分かったのです。

銀河の後退速度がその銀河までの距離に比例します。後退速度をv、距離をrとすると、v=Hr という式が書けます。この法則を“ハッブルの法則”といいます。この法則は宇宙の膨張を決定付け、現在遠くの銀河までの距離を知る手がかりともなっているものです。

このHはハッブル定数と呼び、今日の宇宙論を語る上で重要な定数となっています。現在、ハッブル定数Hは、50〜100 [km/sec/Mpc](1パーセク[pc]は約3.26光年、Mpcはその百万倍)とされており、これについて1999年、ウェンディ・フリードマン博士は、この値を71(誤差10%)であると発表しています。ハッブル定数の意味合いとしては、約300万光年遠くなるごとに銀河の後退速度が秒速71キロメートルずつ増加する、ということになります。ハッブルの法則は、観測する方向によらず、いずれの方向についても常に成立しています。つまり、地球から見える遠くの銀河は、どの方向を見ても一様にハッブルの法則が示す速度で後退しているように見えるのです。誤解のないように、これは、地球が宇宙の中心に位置しているということではありません。宇宙に存在するどの星(位置)に立ってみても、常にこの法則が成り立ちます。