見えない宇宙

宇宙に存在する天体は全て私たちの目に見える姿で存在しているわけではありません。先にもお話した通り、むしろその多くは私たちに見えない天体であることがわかっています。その見えない天体は、その重力作用によって他の様々な天体に影響を及ぼしています。この影響を考えること抜きに、現在の銀河系全体の運動を説明することはできないでしょう。

私たちの銀河をはじめとする多くの銀河は、円盤が回るようにゆっくり回転しています。回転の周期は約2億5000万年とされています。中心からおよそ30kpc(キロパーセク)の位置にある私たちの太陽系の速度は秒速225kmで、この銀河誕生以来、既に20回転していることになります。ところで、この回転速度は銀河の中心付近でも外縁に近い部分(約30〜50kpcあたりまで)でもほぼ一定であることが分かっています。つまり、銀河の回転速度は、中心からの距離に拠らずどの部分でも同じなのです。

太陽系での惑星の公転はケプラーの法則によって記述されますが、その公転速度は、半径(太陽からの距離)の平方根に反比例します(v2=MG/r [v: 回転速度 M: 太陽の質量 G: 万有引力定数] )。すなわち、太陽から遠い惑星ほど、その回転速度は遅いということです。銀河系の回転においても、銀河の質量の大部分がその中心に集中していると考えれば、中心に太陽がある太陽系と力学的に同じ運動が期待されます。ところが、実際はそうはなっていないのです。

では、固体のレコード盤のような状態を考えてみます。レコードの場合、回転速度は中心からの距離に比例して速くなります。これは、その角速度(毎秒の回転角度)は、レコードのどの部分においても同じだからです。しかし、銀河系の回転は、このパターンでもないことがわかっています。

では、銀河系はどのような構造に由来してそのような回転をしているのでしょうか?

銀河系は、ケプラーの法則から予想される運動にはなっていない。ということは、少なくとも太陽系のように、中心に銀河のほとんどの質量が集中している構造にはなっていない、といえます。つまり、銀河系では、かなり端の方までその質量が分布していると考える必要があります。銀河の回転速度を説明するには、少なくとも、現在見えている質量の10倍以上は質量が存在していなくてはなりません。

この見えない質量“ダークマター(暗黒物質)”は、銀河の回転だけでなく、多くの銀河が集団で存在しているという事実にも関係していると考えられています。この銀河の集団のことを“クラスター(銀河団)”と呼んでいます。そのクラスター同士もさらに集団で存在することが分かっており、これを“スーパークラスター(超銀河団)”と呼ぶようです。こうして、銀河同士がお互いに集まって集団をつくるのは、各銀河がお互いに引力(重力)を及ぼしあっているからです。ところが、その銀河の総質量(銀河内の見える質量と見えない質量の総和)を観測してみると、銀河同士が引き合うには、その質量が足りないことが分かっているのです。このことから、銀河と銀河の間にも見えない物質ダークマターが存在するのではないか、とされています。

ダークマターは、さらに大きな宇宙の構造にも関与していることがが予想されており、実際の宇宙は、現在見えている質量の100倍以上がダークマターで占められているのではないかと考えられています。さて、この見えない物質の正体は一体何なのでしょう?

ダークマターの候補として、現在大きく二種類の物質が考えられています。一方は“バリオン”と呼ばれる、主に私たちが普通に観測可能な物質。もう一方は“非バリオン”と呼ばれる、主に素粒子世界で考えられている物質です。

バリオンの候補としてまず思い浮かぶのは、ただ単に光を発しない天体、例えば、恒星になりそこねた星や、星としての寿命を終えた残骸(白色矮星、褐色矮星)などの天体があります。最近注目されているのは、MACHO(マッチョ)と呼ばれる天体です。これは、有質量小ハロー天体(MAssive Compact Halo Object)の略称ですが、これ自体の正体もまだはっきりしていません。ただ、太陽の10分の1程度の質量を持つ暗い天体だろうということは分かっています。他にも、ブラックホールがそこかしこに点在することで大きな質量をつくっているとも考えられます。ブラックホールなら、理論上矛盾を起こさず、非常に都合良く宇宙の質量を水増しできますが、そうであるという確かな証拠はありません。

そして、非バリオンの候補として現在最も有力視されているのは“ニュートリノ”です。ニュートリノには、これまで質量があるかどうかさえ分からない状態でしたが、最近、質量があるらしいという研究結果が報告され、この可能性も強くなりました。ニュートリノの他に非バリオンのダークマターとして考えられているのは“アクシオン”や“超対称性粒子”などがありますが、いずれもまだ理論上の仮想粒子であり、実際にその存在は確認されていません。

いずれにしても、ダークマターに関してはまだ不明なことが多く、逆に、この謎を解くことができたら、宇宙の謎は半分以上解けるともいわれています。