科学的宇宙論

“生命宇宙論” の前に、今現在ある“科学的宇宙論”と呼ばれる理論について考えてみましょう。

もともと “科学”は実証の学問です。かつて、思想の哲学から科学という新分野が分岐したのはその要素があったためでもあります。しかし、宇宙論というのは実証不可能な部分がとても多い。過去に起こった事象で、現在ではそれを実際に見ることのできないものを扱うのだから当然そうなります。そこで、宇宙の初期などを説明する場合は、理論や数式による解釈によって論を展開する“理論物理学”がメインとなってきます。理論物理学では、物的、或いは状況証拠の提示による論の証明ではなく、筋の通った数式を提示して論を証明することになるわけです。

例えば、よく知られる“ビッグバン宇宙論”と呼ばれるものがあります。これは、思想家のジョージ・ガモフが提唱した当時から現代に至るまで多くの科学者によってその状況証拠が提出され、今では標準的な宇宙論として認められています。端的にこの論を説明すると、宇宙は初期において、ただ一点に集中した“火の玉”だった、そこから急速に膨張(ビッグバンに至るまでの膨張を特に「インフレーション」という)をして今のような宇宙に至っている、という理論です。宇宙が膨張していることは、1929年にハッブルが地球から見えている天体(銀河)全体が一様に遠ざかっている、ということを発見して以来、学会でも一般にも常識的事実として知られるところとなっています。今、天体同士が遠ざかりつつある、ということは、かつて、それらの天体は一箇所に寄り集まっていたのだ、と考えられる。これは、状況証拠によって分かった事実ということになります。

しかし、人間は、宇宙の大部分を目にすることができません。遙か遠くの宇宙や、宇宙全体の大局的な構造を説明するとなると、相対論※1などの “理論物理学”の登場となります。例えば、一般相対論※2は、宇宙の時空構造、或いは、重力の法則などを、数式によって説明しています。また、宇宙の初期において一箇所に集まっていた状態を説明するとき、それは物的(状況)証拠では捉えることができません。物理的に見える宇宙、というのは、光が自由に宇宙空間を飛び回れるようになった頃(誕生から約30万年後といわれている)以降だとされており、それ以前の宇宙に関しても“理論物理学”の範疇ということになります。特に、宇宙が始まった瞬間というのは、極めてミクロな状態であったと考えられます。そこでは、ミクロな素粒子の振る舞いが支配的になり、相対論などでは説明できない。そこで、ミクロの世界をよく説明する量子力学※3が宇宙論に登場することとなったわけです。

“科学的宇宙論”は、今では数多くあります。それを考える科学者(宇宙論者)の数だけそれは存在しているといえます。ただ、それらの宇宙論の基本理念を見ると、大抵“ビッグバン宇宙論”が基礎になっていることが分かるでしょう。ミクロ(極微)の世界を論ずる“量子力学”が宇宙論の世界に登場し始めたのも、宇宙はもともとミクロなものだった、というビッグバン宇宙論の考え方があった為です。実証の物理学に、相対論、量子論、そして「ひも」理論などの理論物理学が相まって宇宙を説明しようとしています。それらは、宇宙で起こる現象を、系統立てて非常によく説明しています。初期宇宙はどのようなものであったか、どのように今の宇宙が成り立ってきたか、或いは、この宇宙の時空構造はどのようなものであるか、など、現象としての宇宙は、“科学的宇宙論”によって、かつてよりも多くの説明が可能となっているのです。

ここで、ちょっと考えてみましょう。“科学的宇宙論”の多くは、そこで起こっている現象を説明する “物質宇宙論”です。宇宙全体を形成している “物質” や “力”が主役の現象を根に論が展開しています。ベースになっているのが、そうした物質や力を扱う“物理学”なので、当然語られる対象もそうなるのですね。現象自体の説明はなされていますが、何故そんなことが起こるのか、ということを考えると、それは“物理学”の範疇外ということになります。つまり、そこで起こる現象の原因、プロセスの説明をしているのが“科学的宇宙論” なのです。

 

※1 相対性理論: アルバート・アインシュタインによって提唱された光と物質の運動に関する理論。1905年に特殊相対論が発表され後の1915年にそれを一般化した一般相対論が発表される。
※2 一般相対性理論: 特殊相対性理論を一般化したもの。特殊相対論では等速度系での運動を説明する理論だが一般相対論は加速度系での運動も含めて説明している。
※3 量子力学: 主に素粒子に関する力学。量子とは一定のエネルギーを持ち状態が確率的に決まる(粒子と波の性質を併せ持つ)極微粒子のこと。